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シンポジウム「映画監督と時代」

 モジョのマスターのお誘いいただき、早稲田大学大隈講堂小講堂で開催されたシンポジウム「映画監督と時代」に参加した。

 

 司会は小中和哉さん、パネラーは森達也監督、PANTAさん、切通理作さん、野中章弘さん。PANTAさんとつながりが深く、森監督のファンでもあるマスターが、同じく森監督とPANTAさんファンのぼくに声をかけてくれたというわけだ。

 どんなイベントなのかとネットで予習してみると、共謀罪に反対する趣旨のことが書かれていて、政治色の強いシンポジウムなのかと危惧していたが、そんなこともなかった。

  

 最初に木下恵介監督の『陸軍』を上映、休憩をはさんでシンポジウムというプログラム。

『陸軍』は戦時下である1944年に情報局指導で作られた国策映画。当局に睨まれている状況下で、いかに木下監督が反戦の気持を込めたかが議論の一つとなっていた。映画のラストで田中絹代さんが戦地に向かう息子を見送る姿は色々な解釈の仕方ができるという点で議論が白熱していたが、ぼくとしてはこの場面は言い訳の余地なく反戦としてしか映らなかったので、よくこれが検閲を通ったものだと不思議に思っただけだった。森監督は「脚本段階での検閲は、ラストはト書きにちょっと書けばいいだけだから通るだろう。しかし映像化されたものも検閲を受けるわけで、よく通ったなあ」と言い、「抑圧されたほうが、作り手側があれこれ工夫して興味深いものができることがある」と続けた。

 イベントが始まるまで、ぼくは森監督とPANTAさんがどんなことを話すかにしか興味がなかった。今まで何度か参加してきたシンポジウムでは、結論が出ないのは当然としても、互いの気持を通じ合わせて幸福に終わるのがパターンだった。だからシンポジウム自体への期待は捨てて、興味ある人たちの言葉にのみ耳をすませようとしたのだ。

 しかし今回、司会もパネラーも現場の最前線で現役バリバリで活躍している方ばかりなので、全員、自分の哲学を持っている。それを押しつけるでもなく説教がましくなるでもなく簡潔に発言していた。そのせいで逆に説得力があった。

 なかでも印象に残ったのは、やはり森監督の発言。

「ドイツに行ったときに驚いたのは、日本のメモリアル・デーは8月6日や9日、15日だが、ドイツでの一つのメモリアル・デーは1月30日(1933年1月30日はヒトラーが首相になった日)。つまり日本のメモリアル・デーは戦争が終わった日で、ドイツでははじまった日になっている。この意識の違いに驚かされた。悪夢がはじまった日をメモリアルにすることで、もうこんなことしちゃいけないという意識が育まれるんじゃないだろうか」

「ぼくは、なぜ戦争をするかの根源は、やはり防衛なんだと考えている。本当に人を殺したいと思っている人はいなくて、やはり大切な人を守りたいということが元なんじゃないだろうか」

「戦意高揚映画は、まじめに作れば作るほど反戦映画になる」

 こういう深い話に観客が無反応でいられるわけはなく、最後の質疑応答時間は大幅に伸びた(一番最初に発言したのはマスター)。そして締めくくりはPANTAさん熱唱の『さよなら世界夫人よ』。

 こういう骨のあるシンポジウムに参加できただけでも大満足なのに、なんとそのあと、近くのカフェで行われた打ち上げに、PANTAさんに声をかけていただきマスターと共に参加。こんなチャンスはないと、ぼくは森監督に『FAKE』に対する質問を投げかけたりして話ができた。その森監督のリクエストでPANTAさんはここでも『ふざけるんじゃねえよ』を熱唱。

 そしてさらに、所沢在住のPANTAさんの車にマスターと共に乗せてもらい、そのままモジョへ。車内で交わすお二人の話もとても勉強になった。

 生きててよかったと思えるイベントだった。